ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督作の『上海特急』を観ました。
北京発上海行の特急にて中国国内を渡り歩く謎の女性シャンハイ・リリーと英国軍の将校ハーヴェイ大尉が偶然の再会を果たすというストーリーです。
時代は国共内戦下の中国なので特急内には多くの兵士が乗り込み当時の情勢を思わせる中でストーリーは恋人と再会し再び愛し合う典型的なメロドラマですが、陰を捉えている映像が素晴らしいです。
光と陰をフィルムに刻印し白と黒で表現されるモノクロ撮影が職人による技巧であることを撮影監督のリー・ガームスは物語り、それを支えるスタンバーグ監督の審美眼と感性により漆黒の空間が光のもとにある他の被写体を包み込むように画面を支配しています。
夜間、特急は眼前に紅軍兵士たちが現れ速度を落としながら走行し、線路脇には多数の紅軍兵士たちが一列に並び、紅軍将校が車内を検査するために乗客を下車させる一連のシーンでは陰が画面全体を覆い特急や紅軍や乗客たちが何かの中に唐突に引きずり込まれてしまったのではないかと思ってしまいます。
兵士が囲む特急を正面から捉えたショットは現代でこのような闇を映すショットを撮ることも観ることもかなり難しいだろうと感じるほど素晴らしい陰影の佇まいです。
このようなショットを観るためにモノクロ映画を観ていると言っても過言ではありません。
シャンハイ・リリーを演じるマレーネ・ディートリッヒはモノクロの映像の中で漆黒として映えるドレスを常に纏っています。
特急車内の比較的に明るい光源の中にいるディートリッヒは黒を身にまとい画面の中で存在を放っています。
その中でカーリーパーマがかかったボブヘアと妖艶な表情と手が連動するように画面の中を運動しています。
彼女が客室車両内を歩くショットではカーリーヘアから流し目をする目つきと手すりを掴む手が一連のリズムの中で優雅に動くショットの滑らかさは感嘆する他ありません。
そして彼女が祈るショットではもう表情と両手が映るだけで黒い暗闇が彼女を包んでいます。
このワンショットでは彼女が本当に列車内の一角でうずくまって祈っているのかと思ってしまう幻想的なショットです。
そんな陰が映える映像の中で群衆や煙草の紫煙そして特急の白煙が運動し、その中で見つめ合ったり話し合う登場人物たちを観る悦びも今作にはあります。
モノクロ撮影の古典的名作でした。