ののの・ド・メモワール

その日観た映画や本や音楽の感想を綴ったりしています

閲覧いただきありがとうございます。
日記のように色々なこと(主に読書、映画、音楽)のアウトプットをしていきたいと思います。まれに雑記も書きます。
実用的なことは書けませんがよろしくおねがいします

久しぶりに風邪をひいてしまいました

 土曜日の早朝に気温3度の寒さに小雨が降る中でジョギングをしたら風邪をひいてしまいました。 

日曜は雨が降るからと意を決して決行したらこうなってしまい、コロナ禍以降初の風邪で衛生観念が緩んでいることを感じつつ喉が痛いので久しぶりにマスクを着用して生活をしています。

そういえば1年前はまだマスクを常時つけていたなとしみじみしています。

 そして地味に当ブログが1周年を迎えていました。

てっきり今月末だと思っていたら既に1周年記念日は過ぎ去っていました。

皆様のお支えと日頃の感謝も込めて記念に当ブログでは滅多に現れないイケメンでも描こうと思い描きました。

私は世間一般のイケメンキャラについて少しだけ自説を持っています。それは・・・

 人気のあるイケメンキャラの髪型、大体千秋先輩説。

結構有力な説な気がしないでもない・・・? どうなんでしょう?

購買にて

季節が巡ると共に人も巡る作品『春夏秋冬そして春』

봄 여름 가을 겨울 그리고 봄

 山深い湖の真ん中にぽつんと佇む寺院に暮らす和尚様と坊主の少年の物語。

季節が移ろう毎に少年は成長していき、水の表現が美しい作品でした。

本堂が浮かぶ湖から湖畔の正門までは春から秋まではボートで行き、冬は湖が凍りつくので歩いて正門まで渡ります。

 春の章では、幼年期の坊主くんと和尚様の生活が描かれます。

山へ薬草へ採りにいき清流で動物と石を紐で結んで動けなくなった様子を見て笑う坊主くん。

山の中に建つ仏塔や湖にかかるモヤや清流に泳ぐ鮎など自然を捉えたシーンが多く、これがとても美しいです。

動物をいじめて楽しむ坊主くんをじっと見つめる和尚様は坊主くんが寝ている隙に石を坊主くんにぐるぐる巻きにします。

ここからは昔話のような寓話的展開でした。

 そして夏の章が始まり坊主くんは思春期真っ只中を迎え、一人の少女が寺院へ静養に訪れます。

坊主くんは少女の着替えやボディラインが分かるタイトなワンピース姿の少女に春の章のストイシズムに満ちた生活からいきなり煩悩との戦いへ。

本堂の中は敷居などは無くただ扉が2枚置いてあるだけで、その中で3人は共に暮らすことになり、ついに坊主くんは煩悩に負けます。

その際にいつもは扉から出入りして仏像を拝んでいた坊主くんですが、少女に誘われた時は扉を無視して少女に向かっていきます。

これは道を逸れてしまった演出なのかなと思いました。

またこの少女が坊主くんを誘うシーンもセクシーというよりは艶っぽいという印象で被写体の捉え方の上手さにびっくりしました。

調べてみるとキム・ギドク監督は元々画家のようだと知り、画家出身の監督だと被写体との距離関係をこんなに的確に掴んでしまうのかと感嘆しています。

とてもさっきまで自然の美しさを映してきた作品とは思えない官能的なパートです。

 秋の章になると坊主くんはもうすっかり大人で坊主さんになっています。

しかし坊主くんは夏の章で出会った少女を追って寺院から出ていったので数十年ぶりに寺院へ帰郷します。

和尚様とギクシャクしながら暮らし過去の過ちを告白し本堂に籠もります。

その際に「閉」と書かれた紙片を目と口にくっつけて祈り続けます。

この作品では喜怒哀楽の描写が抑圧されており、観客はそれらを想像するしかありません。

そうしている間に和尚様は猫を抱きかかえ尻尾を墨汁に浸し本堂の縁に般若心経を書いていきます。

坊主くんに過ちを見つめるために般若心経を彫れと言いつけ見守ります。

本堂にはいつしか刑事2人がやってきて坊主さんの写経を見つめています。

ここからは心温まる展開で秋を思わせます。

 冬の章では坊主くんはもうすっかり中年になり、坊主くん役をキム・ギドク監督が演じています。

和尚様は亡くなり、次は坊主くんが寺院の和尚になります。

そうしていると子供を抱え顔を布で覆った女性がやってきて本堂で祈りを捧げた後に子供を置いていきます。

冬の章は湖も凍てつく寒冷地に寺院は変わり、それに呼応するように静かで内省的な作品へ変わります。

 そして春が来て、坊主くんは和尚様になり新たな坊主くんを育てる輪廻を思わせるような最後を迎えます。

素晴らしい作品でした。

 

帝釈天の産湯を使い、姓は車、名は寅次郎 『男はつらいよ』

男はつらいよ

 有名な作品ながら未だに観たことがなかったので、昔はお正月にこの作品を観ていたのかと思いながら第一作目の『男はつらいよ』を観ました。

 渥美清演じる寅さんこと車寅次郎が20年振りに故郷の葛飾柴又へ帰ってきて妹のさくらと出会ってから物語が始まります。

 私が一番気になったのは、さくらを演じる倍賞千恵子が茶髪だったことです。

この頃にカラーリングが一般的であったのか私は知らないのでなんとも言えませんが、倍賞千恵子はブラウンヘアーが似合いすぎて地毛か染髪か判断が付きませんでした。

 そんな茶髪が似合うさくらはキーパンチャーというプログラマー?のような職業についており、会社で縁談を持ちかけられ、ここに兄の寅次郎が参加しお見合いを台無しにされます。

さくら自身はそこまで怒ってはいませんでしたが、周囲の人々は異なり寅次郎を非難します。

すると寅次郎もなかなかブチギレて家から出ていきフラフラとどこかへ行ったり。

一作目の寅さんは義理人情に厚く人々から愛される無頼漢というよりキレたら何をするか分からない危なさを持った任侠という印象のほうが強いです。

 さくらが暮らす叔父・叔母宅兼団子屋の隣にある印刷所で働く諏訪くんという好青年がさくらに恋していると知った寅次郎は彼を呼び出し、「てめえみたいのに妹はやらねえ」と喝を入れると「あなたは人を好きになったことはないのですか?」と諏訪くんに聞き返されます。

 突然家を飛び出して20年の間に何があったかは語られませんが、ここで寅次郎は何かに気付かされたような表情を浮かべます。

ここが任侠の寅次郎から無頼の寅さんに変わるきっかけのようにも思えました。

その後さくらと諏訪くんは結婚し、寅さんは大失恋に傷心し旅へ出るようになります。

 一作目の『男はつらいよ』は主役は寅さんというよりは妹のさくらの方だと思うほどで以降の寅さんとマドンナと呼ばれるゲスト俳優が地方で出会い別れるフォーマットは敷かれていないので異色な作品なのかもしれません。

『007』はドクター・ノオからボンドガールがいるのにと思いましたが、一作目は妹の倍賞千恵子になるのかと思ったりしています。

 それにしても本当に倍賞千恵子はブラウンが似合いすぎてびっくりしています。

この作品を観た第一の感想です。

危機的状況でのリーダーの重要性『Uボート』

Das boot

 1941年、大西洋上とジブラルタル海峡イギリス海軍と対峙するドイツ海軍の潜水艦・Uボートを描いた戦争映画。

戦争映画で潜水艦が舞台の映画では邦画の『ローレライ』を以前に観て感想は、はっきりいって本当に酷い作品でした。

その体験から全く期待せずにこちらの『Uボート』を観たのですが、素晴らしい作品でした。

もしかしたら戦争映画で一番好きな作品になったかもしれません。

 ドイツ海軍の報道班員・ヴェルナー少尉が潜水艦・U-96に乗艦し物語が始まりまり、そこからはひたすら潜水艦内の様子が続きます。

ちなみにヴェルナー少尉はちょっとエド・シーランに似ています。そして序盤にちょっとだけオットー・ゼンダーが出たりします。

潜水艦内の生活は「うわー・・・」と思うほどに劣悪で不衛生で私は耐えられる自信が全くありません。

 ヴェルナー少尉も「悪臭で発狂寸前」とノートに綴るシーンが出てきますが画面越しに匂いが伝わってきそうな気分でした。

この作品には明確な主人公はおらず、Uボートの乗組員たちに焦点が当てられています。

 そして皆ひげが伸びに伸びて後半の方では誰が誰か分からなくなり、ヴェルナー少尉はほぼエド・シーランに、他にもノーマン・リーダス斎藤工のような人々が現れる始末です。

 この作品の恐ろしいところは不定期にイギリス海軍の攻撃を受けるところで、これは観ている観客も予想ができず実際にUボート艦内にいるような気分でした。

暮らしている所がシームレスに戦場へ変わって爆雷が急所に当たればすぐさま海の底に沈むという極限状態に乗組員たちは戦々恐々になり、中にはパニック寸前になる者もいます。

 しかし、このような中でも冷静沈着で思考を巡らせ指示を出す人物がいます。

それはU-96の艦長ことザ・キャプテンです。名前は明かされずただ作中ではキャプテンと呼ばれています。

このキャプテンが超超超超超かっこいい!!!!! 理想の上司すぎてやばい!!!!!というのが率直な感想です。

私もキャプテンのためなら海の藻屑になってもいいと思ってしまうほどの理想のリーダーです。

 後半にイギリス海軍の艦船が停泊し哨戒機が飛び交う英領ジブラルタルを超えてイタリアに迎えという無茶苦茶な司令を受け、ジブラルタルへ向かったUボートは攻撃を受け海底280mに沈没してしまいます。

ここからのキャプテンの希望を捨てずに冷静に司令を出す姿とそれを信じ従う乗組員たちの姿は言葉で伝えるのは難しく、この作品を観る以外に方法はないと思うほどのかっこよさです。

やっぱり海の男はかっこいいです。かっこよすぎです。

最高の一作でしたが、ラストは本当に悲しいです。

 

 

海を愛して挑んだ男たち『グラン・ブルー』

Le grand bleu

 リュック・ベッソン監督の作品は『レオン』が一番有名で愛されている作品だと思うのですが、私はこちらのグラン・ブルーが一番好きで定期的に観ています。

どれくらい好きかというとebayで縦長のかっこいいグランブルーのポスター買って飾っているくらい好きです。

 息を止めてどれだけ深く潜れるかを競うフリーダイビングの種目に挑むジャック・マイヨールとエンゾ・モリナーリの物語。

いずれもフリーダイビングの実名選手がモデルで、実際の2人はジャックの方がおしゃべりでエンゾの方が寡黙なようです。

 ギリシャで共に育ったジャックとエンゾは二人共ダイバーになります。

シチリアで溺れてしまったダイバーを助け1万ドルを手にしたエンゾは、離れ離れになったジャックを探し出しフリーダイビングへ誘います。

私はこの冒頭のシチリアのシークエンスがこの作品で特にお気に入りです。

1万ドルを手にして弟のロベルトと笑いながら車検に絶対通らないであろうチンクエチェントを乗りまわし、地中海を一望しながら「フランス人を探すぞ」と宣言するエンゾのシーンはふとした時に思い出すくらい脳裏に焼き付いています。

 フリーダイビング世界大会が開催されるタオルミナにはジャックとエンゾの他に以前にジャックに出会って一目惚れしたジョアンナもやってきます。

その後にジャックもジョアンナを愛しあうことになり、世界大会の舞台はギリシャへ移ります。

 タオルミナ大会からギリシャ大会までの間の印象深いシーンはジャックとエンゾが深海探査艇に乗って同乗のベルギー人ダイバー・ノイロイターをからかってふざけあった後に海に出て一緒に踊るまでのシークエンスです。

 そしてギリシャ大会ではジャックの記録に挑むエンゾが大深度まで潜り、浮上してくると既に危篤の状態に陥ってしまいます。

ジャックに抱えられながら毎回ここで字幕を観ることを忘れてしまうくらい見入ってしまい"push me back in the water.jacques.take me back down.please"とエンゾが呟くシーンで毎回泣いて毎回字幕を見れずにいます。

 ジャックに連れられエンゾは海の底へ還っていくシーンはこの作品の中で最も美しいシーンです。

その後にジャックはエンゾを追うように真夜中にギリシャの海へ向かい潜降装置を握り、ジョアンナは必死に止め最後に妊娠していることを告げるのですがジャックの意思は固いようでジョアンナに潜降装置のレバーを渡します。

 ここでも毎回泣いてジョアンナの"Go and see.my love"の字幕を見れたことがありません。

なぜこの映画で私がこんなに泣くのかはよく分かりません。

B級チックで見やすいゴダール作品『女と男のいる舗道』

 

Vivre sa vie : film en douze tableaux

 原題の『好きなように生きる:12の描写によるフィルム』が邦題では『女と男のいる舗道』になっている本作。正直邦題の意味はよく分からない。

レコード店で働きながら舞台俳優を目指すアンナ・カリーナ演じるナナについて12編で描かれ、1編が約10分で1時間20分ほどの上映時間です。

ちなみにフランス語でナナ(nana)は若い女や娼婦などの意味がある口語のようで、こちらの作品のナナはエミール・ゾラの『ナナ』から採られたようです。

 印象に残っているのは3編にてナナが映画館でサイレント映画裁かるるジャンヌ』を鑑賞しこの作品の一連のシーンの合間にナナの表情がインサートし涙するシーン。

 またナナが手紙を書くシーンでは自分の身長が分からず掌を広げてつま先から頭上まで自分の身長を測るナナが可愛い。

 11編では哲学者ブリス・パランとナナがカフェで言葉と思考そして人生について語りあいます。

考えるとは言葉であり、話し合うことが人生であるのかどうか2人は文字通り話し合い別れます。

12編がフェードインし、トーキーからサイレントへ作品はシフトし、あっけない結末を迎えます。

 この作品のテーマは映像と言語なのかなと私は思いました。

そう思った理由は最後の11編と12編からと3編での『裁かるるジャンヌ』からです。

ブリス・パランがいうように話すことが考えることならばサイレント映画に映っているものは何なのか

サイレント映画では字幕のショットが合間合間に挟まりストーリーを形作っているけれど、あれは登場人物と作者のどちらが考えていることなのか実験してみようと思い立って12編の中でそれを行っているように思いました。

 またゴダールの解釈したB級映画という印象も受けました。

最初の約1時間はひたすらアンナ・カリーナを撮ることにゴダールは注力しナナの日常を映していきます。

その中で次第にナナは売春をするようになりますが、ナナにとってはレコード店で働くことと差はない様子。

ナナにとっては舞台俳優になるのが目的で金を得るためだけの労働に付加価値なんか必要ないのです。たぶん。

「芸術と美、それが人生」を地で行くナナ、これはナナとゴダールの考えのどちらなのか

なにか新しいことに挑戦してみる :漫画編

漫画に挑戦

 なにか新しいことに挑戦してみようと漫画をちょっと描いてみました。

ということで、まずは題材探し。

鍋パをした際に酔った友達が「蝿を見つけた」といって天井のライトをぶっ壊した事件を思い出したので、これを題材に5ページくらい描けるだろうと思ったら漫画を描くのは想像の500倍くらい難しく結局1ページになってしまいました。

そして一コマ目がこう見えたら右脳派、左脳派のだまし絵みたいになっています。

私は横から見たアクロバティック蝿叩きのつもりだったのですが、今は上から俯瞰しているようにしか見えません。

 パソコンも「これは無理っすよ」と1回フリーズしてしまい負荷が厳しい様子。

うーん。