
ヨハン・ヨハンソン監督作の『最後にして最初の人類』を観ました。
旧ユーゴスラビアの慰霊碑・スポメニックを映した映像と共にティルダ・スウィントンのナレーションによって20億年後の人類(第18期人類)が人類の最後を迎える最初の人類として現生人類に語りかけるという内容です。
今作に人物は一切登場せずスポメニックの抽象モニュメントがモノクロで映され、現代音楽が通奏低音として響いています。
それはどことなくクリス・マルケルの作品を思わせ、今作の主人公は鑑賞する観客自身といえます。
第18期人類がコンタクトしてきた理由は私たち現生人類の救済と自分たちの救いを求めているためです。
救済のために20億年の隔たりを少しでも埋めるために彼らの人類史が延々と語られ、
彼らは太陽系が消滅によって近々絶滅する運命にあることが判明します。
その途方もない時間の隔たりにスポメニックを映すカメラは上下に揺れ、めまいを起こしたように回転します。
トラルファマドール星人のように自分たちの未来が見えてしまっている第18期人類が何を求めて現生人類にコンタクトをしているのか。
人類がどれだけ進化しようがあるいは進化しすぎたためか、彼らも来たる絶滅の不安や孤独に打ちのめされてしまったようです。
これが救いを求めた大きな理由であるように思いました。
そして彼らは不安や孤独に対する存在を伝え現生人類を救済しようとしています。
第18期人類のメッセージを聞いていると映し出される不気味なモニュメントもどこか愛らしく見えてくる作品でした。