約80年前の小津作品を観ました。
小津作品といえば紀子三部作から秋刀魚の味までの後期があまりに有名で、こちらの『父ありき』は影の薄い作品だと思います。
4Kデジタル・リマスターされているらしいのですが私が観た版では音響もかなりノイズが混ざっていて、フィルムも傷ついていたりカビの跡が見られたりともったいない状態でした。
しかし作品は素晴らしいです。
・父ありき 小津安二郎監督
旧制中学の教師・堀川周平とその息子・良平を描いた作品。
ウィキペディアによると戦時色濃厚な作品のため、多くのシーンがカットされているようです。
そのためか不自然なシーンが散見されました。
父親の周平は金沢で教師をしている際に生徒が修学旅行中に事故死してしまったことに責任を感じ教師を辞めることを決意します。
時を同じくして息子の良平は旧制中学に進学し寄宿舎へ入って父と子は離れ離れに暮らすようになります。
母親は既に亡くなっています。
時を経て周平は東京で会社勤めを良平はナンバースクールから東北帝大を卒業し秋田で化学教師になります。
こうして共に暮す機会がない2人は共に旅行へ
良平は「父親と共に暮らしたい」と打ち明けるのですが、周平はそれを拒否し息子を鼓舞します。
そしてその後2人は東京で一週間を共に過ごすことに・・・
素晴らしい作品でしたが、かなり録音に難がありセリフを聞き取れないシーンが多々あったので字幕付きで観たらよかったと今更思っています。
見上げるようなローポジションからの撮影、シンメトリカルに均整の取られた画面構成、印象的なエンプティショットとワンショット観るだけで小津作品だと分かる小津調が創り上げられている作品でした。
特に周平と良平の竿がメトロノームのように一定のテンポを同調させて右へ左へ振られる鮎釣りのシーンは美しいです
しかし小津作品独特の編集による時間感覚はまだ発展中な気がします。
こちらが戦意高揚のために制作されたのかは分かりませんが、私は全くそのような印象を受けませんでした。
戦時色が強いシーンがカットされているからだけの理由ではないと思うのは作品全体から戦争がものすごく遠い存在であるように感じたからです。
戦時中だからこそドメスティックなホームドラマを描こうという小津監督の意思なのか松竹の意向なのか。
おそらく両者の意向だったのだろうと思います。
困難きわまる大変な時代だからこそ普遍的な存在に焦点を当てその尊さと美しさを写し撮ろうとした小津監督の賭けの一作であったのかもしれません。
そういう観点で見ると小津監督にとって非常に重要な作品であることが見えてきます。
ちなみに堀川周平を演じた笠智衆は当時30代であったようです。