黒澤明監督の『夢』を観ました。
「こんな夢をみた」というナレーションから始まる短編が全8編収められたオムニバス作品です。
幻想的な作品からポストアポカリプスな作品まで幅広くジャンルを横断し中にはシュルレアリスム溢れる作品もありました。
やっぱり黒澤明監督は天才です。
いくつか取り上げて書いていきたいと思います。
黒澤監督がモデルだと思われる少年が山の中で狐の嫁入りを見てしまうという幻想的な作品。
狐の嫁入りは霧の中をすり足でゆっくりと進む様子はなんとも幻想的ですが、少しセット感が溢れる箇所を見つけてしまいました。
少年が家に戻ると母親から狐の嫁入りを見たせいだと言われ短刀を渡されます。
ここはなんだか夢らしいやりとりのような気がしました。
・桃畑
こちらも少年が主役の幻想的な作品。
雛祭りに一人だけ知らない女の子が混ざっている事に気づいた少年はその子を追いかけて段々になっているかつての桃畑へ向かいます。
するとそこには公卿や女官の格好をした人々が雛壇に並ぶように彼を待っていました。
ここからは環境に対する黒澤監督の姿勢が伺えました。
・トンネル
戦地で抑留され引き揚げてきた中隊長が山の中を歩いてトンネルを抜けると後方から戦死した部下たちが舞い戻ってくる作品。
部下たちは皆青白い顔をして自分が戦死したことに気づいていないようで中隊を編成したまま中隊長の元に現れる姿は壮観です。
本作の中で一番好きな作品でした。
・鴉
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの作品を鑑賞している画家が実際に絵画の中に入ってゴッホ本人と邂逅する幻想的な作品。
ゴッホの絵画の中を歩くという映像体験は素晴らしかったです。
黒澤監督は絵画鑑賞するときにその中に入り込んだように見ていたのか気になり、もしそうだとしたらやっぱり天才は違います。
・赤い富士
原子力発電所6基がメルトダウンしたことで放射性物質が散布されてしまった中を人々が逃げ惑い、それを見守る富士山が赤く染まるのが印象的な有名な作品です。
チェルノブイリやスリーマイルなど原発事故が発生した当時の世相を反映しているような作品でもありました。
この作品の後に原発は深刻な事故が発生したり戦争で標的になったりと未だに安全面で不安が拭いきれないまま稼働していますが、この作品のようにならないことを祈ります。
・水車の村
近代文明から遠ざかった水車の村を舞台とした作品で本作のトリを飾ります。
ロケ地はおそらく安曇野で川の流れに沿って漂う水草が美しく目に焼き付きました。
笠智衆演じる川で野菜を洗うお爺さんがいい味わいを出しています。
そして余韻の継続もまた心地良いです。
『夢』が実質的に黒澤監督の遺作であったのではと思う一作でした。